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(第28回)小林に多くある「作」という地名の由来は

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小林地域を代表する名所に桜でも人気の「小林牧場」がある。昭和40年に大井競馬場の競走馬の育成と調教のため八王子から移転してきたとのことである(小林発見シリーズ no1で紹介)。 この辺りは「馬」との関わりが強い。古い地図を見ると牧場に近接して、鳥見神社の周辺に江戸時代から続く地名で「作」が付く「宮作」「花作」「道作」「仁作」「井戸作」がある。最初は、作物、農業に関係した地名かなと単純に思っていたが、どうも「印西牧」の名残りのようである。そういえば、「馬場」「駒形」なども牧関連の地名である。平岡、竹袋の方には「上流作」「井ノ内作」もあるし遠く松戸の方には「金ケ作」などもある。

印西牧は、江戸時代の幕府直轄の牧で現在の柏から白井、印西、船橋に延びる小金牧(当初は7牧だったが、その後の統廃合により5牧)の一つであり、小林地域も含まれていて野馬の放牧、鷹場、鹿・猪狩の舞台となっていた。印西牧から始まり、今では“小林牧場”、 “印西牧の原”、 “牧の里”など「牧」が数多く使われている。

その後1660年あたりから下総台地の新田開発が進んでいき、印西牧も徐々に新田への移行で最終的には明治2年(1869年)に開墾対象地として消滅したとのことである。「牧」の時代に、馬の逃亡を防いだりするために野馬土手を築いたり、柵を設けたりしたようで、その柵が「作」に通じてる説が有力とのこと。今の小林の作はどれも台地と谷津の地域を指しており、実際に木の柵が設けられていたか、台地を「柵」に見立てたのか定かではないが、いずれにしても「牧」とは密接な地名のようである。       <下田  監修:鈴木氏>

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