(第16回)”小林駅の歴史”

明治34年2月に成田鉄道線として成田~安食間が、さらに4月には安食~我孫子間が開通。当初は木下、安食、成田駅が先行し小林駅は少し遅れて8月10日の開業となった。16-1
109年前のことである。大正9年には鉄道院に買収、いわゆる国有化され、その後日本    国有鉄道、公社の国鉄を経て、現在の株式会社JR東日本と変遷してきている。
小林駅の開業当時は駅前付近の戸数は5軒のみで、駅前を5軒町と呼ぶこともあるという。同様に大森には6軒と呼ぶ地域がある。駅開設予定地を決定するにあたっては、当初の計画は1.5km安食寄りだったが地元との折衝が難航し、頓挫していた。そんななか台方、砂田の有志から、私財をなげうっての運動があり今の台方に駅が建設されたとのことである。16-3
太平洋戦争の末期にあたる昭和19年から20年にかけては米軍機による成田線沿線への攻撃も頻繁になり、終戦直前の20年7月には成田発我孫子行き貨物列車が、小林駅に停車した直後に駅南側の山影から現れたグラマン機の銃撃を受けた。昭和30年頃までは、駅舎にそのときの弾痕が見られたとのことである。
電化が進み昭和44年3月には蒸気機関車のお別れ会が行われ小林小学校鼓笛隊が駅ホームで機関車C57を見送った。現在、小林駅の橋上化を含めた駅前エリアの整備計画が検討されているが、南口側はロータリー化され、タクシー乗り場、進入道路など大きく変貌するようなプランもあ16-2るとのことを聞いている。一方、古風な趣のある貴重な駅舎はなんらかの形で残すという案もあるそうで、大いに賛成である。小林地域とその周辺の小高い所には、今もって土器の破片やら、貝塚も多く見られるし、おそらくは旧石器時代の2万年前から縄文・弥生式時代を経て、1,500年前の古墳・飛鳥時代に道作古墳が造られたりした歴史のエリアである。
その意味でも古きよきものが残されることを願っている。